時評

「生物多様性ネットゲイン、まず始めてみよう」 ――民間から動き出す自然再興への挑戦

 「一般社団法人いきもの共生事業推進協議会」(ABINC)は10月、「生物多様性ネットゲイン認証」を正式にリリースした。あわせてトライアル認証1件を発行したことを、アルメニアで開催された生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)のサイドイベントで発表した。第三者認証としては日本初となる。

 今回正式に始まったネットゲイン認証とは、生物多様性保全に配慮する緑地や取り組みの評価に加えて、開発により失われる自然について、代償できる土地を利用し、開発前よりも生物多様性が高い状態 (=ネットゲイン)であることを評価するものだ。

 開発地外の代償措置も含めて定量評価すると、生物多様性の状況が開発前よりも総体として向上しているという認定だ。

図 ネットゲイン認証におけるミティゲーション・ヒエラルキーの考え方(ABINCのプレスリリース2026/10/23より)

 思えば長い道程だった。筆者らは四半世紀前、『ミティゲーション―自然環境の保全・復元技術』(森本・亀山編著2001)などで、開発影響の定量評価と保全・再生による代償の必要性を提唱した。その後、中静透さん(元日本生態学会会長)らによる本格的な研究も進められた。しかし、生物多様性の普遍的な価値評価には原理的な難しさがあり、代償措置への慎重論も根強く、日本では制度化に至らなかった。

 なぜ、ネットゲイン認証か。自然再興(ネイチャーポジティブ)、つまり生物多様性の劣化傾向に歯止めを掛けて、2030年までに回復に転じるという国際的な約束や生物多様性分野における民間参画の潮流が念頭にある。しかし、国内では生物多様性の公的な価値評価の仕組みは開発途上で、環境アセスメントの仕組みにも位置付けられていない。

 一方、英国は開発行為に際しては環境影響緩和を超えて、最低10%の生物多様性ネットゲイン(BNG)を義務付けた。生物多様性の価値は、面積×特色(希少性)×状態(密度)×戦略的重要性(計画上の位置づけ)で認定する。その実効性の担保のために評価法と適用ルールは進化を続けている。

 自然環境への影響を緩和させることをミティゲーションという。アメリカで環境アセスメントが始まり、その定義が定まったのは半世紀前に遡る。重要な自然ならまず「回避」する。開発する場合は影響範囲を「最小化」する。傷んだところは「修復」し、期間中の影響を「低減」し、それでも残る影響については事業地外で「代償」をする、というミティゲーション・ヒエラルキーはアメリカの1970年に成立した国家環境政策法の施行規則(1978年公布、1979年発効)で定まった。

 アメリカでは守るべき対象、すなわち水質保全法の「湿地」や、絶滅危惧種法の「絶滅危惧種」を手がかりとした定量評価が行われ、ノー・ネット・ロス(失われる自然環境や生物多様性の価値に対し、同等以上の自然を再生・代償することで、全体としての自然の損失をゼロに抑える)政策を可能とした。その結果、自然環境に市場価値が生まれ、保全・再生を手掛ける大きなビジネスも誕生した。

 英国では2024年のBNGの義務化以降、民間資金を中心とした自立的なハビタットバンク(生態系再生成果の売り手)の市場が立ち上がっている。英国調査機関によると、その市場規模は2026年中に約9,300万ポンド(約180億円)へ急拡大中とのことだ。環境省の資料によると、これまで生物多様性クレジット制度は13カ国で義務または自主的に運用、または計画中だ。

 「測れないものは改良できない」との格言は自然再興にも当てはまると思う。定量評価を避けると、例えば諫早や辺野古の湿地が失われた分を自然再生する根拠もインセンティブが働くメカニズムも生まれない。環境アセスが行われても「軽微な」ロスが積み重なってきたのが日本の現状である。

 ところが日本の場合、自然資本市場がないにもかかわらず、企業が生物多様性の保全や再生に取り組む民間参画が盛んになってきてはいる。自然再生を得意として、ネイチャーポジティブに貢献する実績を上げてきたゼネコンもある。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)勧告の採用を決めた企業の数を見ると、なんと日本がトップランナーだ。2024年にスタートした「自然共生サイト」も既に認定された610件の約半数は、企業が申請者である。

 ABINCも地域の生物多様性とコミュニティに配慮した都市的開発案件の認証に10年以上取り組み、200件以上の実績を挙げてきたところだ。しかし、開発以前の生物多様性の損失を評価していない。そこで自然再興に貢献すべく、新たにネットゲインの第三者認証をスタートさせたわけだ。

 ABINCの認証は面積をベースにしながら、開発地と自然再興実施地のlike for like, or better(生態系地域区分・近傍性の関係性)の原則を重視し、ネットゲインに至るミティゲーションのストーリーを重視しているのが特徴だ。生態系の多様性や技術進歩を念頭に質の評価法は限定していない。ネイチャーポジティブ・イニシアティブのSoNや台湾が主導しているアジア生物多様性クレジットアライアンス(ABCA)の方法論が有意義な場合もあろう。

 単一の万能な物差しを待つのではなく、地域の自然の特徴を尊重しながら、自然再興の実践と検証を重ねることが必要だろう。大和ハウス工業株式会社による、阿蘇の草原再生を伴うトライアル認証第1号がどのような関心を集めるか、注目したい。

 (森本幸裕 京都大学名誉教授、(公財)京都市都市緑化協会理事長)

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