街路樹はコストか資産か 〜 消えゆく「緑の日傘」を考える

街路樹の価値が改めて問われている=東京都中央区
この5月、日本経済新聞は「『緑の日傘』消える日本」と題して、全国の街路樹がピーク時より約50万本減少したと報じた。猛暑が常態化するなか、街路樹の緑陰が先進各国と真逆に、日本だけ減り続けているという衝撃的な内容である。
だが10年前の懸念がついにそこまで、というのが筆者の感想だ。「道路の森は見果てぬ夢か」で街路樹がコンパクト化する流れを指摘した時評(*)を書いたのが、この「グリーン・パワー」が冊子体だった10年前のことなのである。当時の京都市が経済界の支援も得て「道路の森づくり」事業を始めたものの、植栽されたのはケヤキだったが枝が広がらない品種。小高木サルスベリやハナミズキも定番となり、これが日本全体の傾向となったようだ。なぜ日本では「緑の日傘」が消えつつあるのだろうか。
(*)https://www.huffingtonpost.jp/shinrinbunka/dream_b_12555402.html
大きな転機となったのは、2018年の台風21号被害ではなかったかと思う。関西では第2室戸台風 (1961年)以来の強風で、倒木が大規模に発生。京都市では街路樹が約1000本(全体の約2.5%)、世界遺産下鴨神社の「糺(ただす)の森」(約12ha)でも288本(高木のおよそ1割)が被害に遭った。またその翌年の台風では、千葉県で送配電線が倒木被害にあって大規模停電が発生。この経験から、「倒木による停電予防のための樹木の事前伐採」に総務省が動いた。これがさらに街路樹や都市緑地樹木の「予防伐採」に展開したところに課題があるように思う。
健全な樹木は倒れにくい。また、街路樹や公園の樹木も、京都の伝統庭園技法の「透かし」や出雲平野の「築地松」のように適切に枝を間引いた樹木は倒れにくい。既に台風で倒れやすい樹木は倒れているにも関わらず、予算がついたのか、大規模な伐採が筆者の身の回りでも進んだのを見た。もちろん適切な事例(写真1)はある。だが本当に「健全度診断」を経たのだろうか。その結果「風圧軽減剪定」や、後継樹への「更新」の判断はなかったかという疑念が残る事例も少なくない。

(写真1)大木大枝の剪定。切断面の腐朽状態が適切な診断であったことを物語る
樹木は生き物なので枯死・倒木リスクはゼロではない。筆者らが40年程モニタリングしてきた前述「糺の森」では1934年の室戸台風に耐えた樹木97本はその後巨樹となったが、年に2%強の割合で枯死・倒木している。街路樹も落枝・倒木で発生した事故の責任の所在をめぐって、係争事案も発生する。そこで日頃の管理が必要となるが、街路樹が増えれば手が回らない。そこで管理できる本数に抑えるべく、名古屋市は2021年度から5年間で3800本を撤去する。一見合理的だが、伐採するなら科学的倒木リスクの評価に加えて、便益の評価がなければ片手落ちでないだろうか。
なぜ便益評価が行われないのか。その理由の一端は役所の縦割り構造かもしれない。街路樹とその土壌の健全な水循環への貢献や、ヒートアイランド現象緩和、省エネ、観光等の便益を管轄するのは街路樹担当部局ではない。公園の周りや立派な街路樹通りに面した土地の評価額は高いが、隣接地の固定資産税増収分が樹木管理に回る仕組みがないのである。
一方、世界の主要都市はむしろ街路樹を増やす方向に動いている。背景にあるのは気候変動への対応である。街路樹は重要な都市環境インフラとして再評価されはじめた。
興味深いのはニューヨーク市の取り組みである。New York City Tree Mapでは、市民が街路樹一本ごとの情報を閲覧できるだけでなく、その樹木がもたらす環境便益が確認できる。便益の一端である雨水流出の抑制、省エネルギー、大気汚染物質除去機能が「見える化」されている。(写真2)

(写真2)New York City Tree Mapの一画面。生態系サービスと管理記録も閲覧できる
https://tree-map.nycgovparks.org/tree-map
その基盤となっているのがi-Treeという評価システム。現在約89万本の樹木がもたらす「生態系サービス」をドル換算している。重要なのはその技術もさることながら、科学的な街路樹の価値評価を政策の基盤として、広く市民と共有する姿勢だろう。管理コストへの市民の理解を得るために、樹木が都市に提供するサービスの内容を開示しているのである。
「この木は年間100ドルの価値を生むインフラだ」と住民がスマホで確認できると、コストに敏感な「クレーマー」が恵みを生む資産の「ファン(支持者)」に変わる。お気に入りに登録された樹木は1万9281本。アメニティ価値や市民のウェルビーイング(心身の充足や幸福感)向上にも貢献しそうだ。
また、ぜひ紹介したいのが、「都市林戦略」を定めて緑被率増大を図るオーストラリアのメルボルン市の取り組みだ。7万本の街路樹にメールアドレスを付与して、枯れ枝等の報告を求める仕組みを作ったら、なんと、「いつも木陰をありがとう」「毎朝この木の前を通るのが楽しみです」といった“緑の隣人”へのメッセージが数多く寄せられ、伐採を余儀なくされた、ある樹木には伐採前後にお別れメールが75通来たという。行政はリスク対策として始めたのだが、結果として街路樹を市民共有の資産として再認識する効果を生んだのである。
街路樹はコストか資産か。消えゆく「緑の日傘」を前に、まずはその問いから考えてみたい。
(森本幸裕 京都大学名誉教授、(公財)京都市都市緑化協会理事長)

