「拡張生態系」は令和の里山か ~ 大磯シネコカルチャー実験農園の自然共生サイト認定

2026年4月の農園の様子(©️ソニーCSL)
農園で継承する生物多様性
ネイチャーポジティブへの関心が高まる中、新たな自然保護制度「自然共生サイト」がますます人気だ。2026年3月には令和7年度第3回の新規84カ所(法制化前認定からの移行含め計108カ所)が加わり、法制化前の認定も合わせると合計で569カ所、11.6万haとなった。猛禽類も生息する広大な森林からニホンアカガエルやアズマヒキガエルの繁殖場所となっている個人宅ビオトープなど、実に多様だ。この中でも面積は小さいが、ユニークで大きな可能性を秘めた農園が一つ加わった。
場所は神奈川県の大磯。ほぼ放棄されていた家庭菜園を「農業と生物多様性の両立」を目的に「シネコカルチャー(協生農法)の実験農園」という活動を始めて約5年となる事例である。無施肥・無耕起・無農薬の条件下で、果樹、野菜、ハーブ、エディブルフラワーなど極めて多種多様な有用植物を混植し、生物多様性の回復と安定的な生態系の形成を図ってきたという。既存植生を残して土壌構造を維持する。有用種を混植しつつ、過繁茂の草の刈り取りと収穫などの撹乱を通して地域の動植物の定着を推進している。
知性が生態系を高度化
協生農法とは、有用植物の種苗導入と生態系の働きを活用し、人間の活動と生物多様性を高めていく「拡張生態系」を目指した取り組みとのこと。「拡張生態系」とはソニーコンピュータサイエンス研究所の舩橋真俊さん(株式会社SynecO代表取締役社長、京都大学特任教授)が提唱する、人間の知性を用いて自然の生態系を人為的に高密度・多様化させ、生物多様性と食料生産を両立・最大化させる概念とのこと。これまでに自然環境の荒廃が深刻なアフリカ・ブルキナファソの農場などで慣行農業に比べて、協生農法は絶大な成果を挙げているという。
一方、現代日本の慣行農法は生物多様性をはじめとする様々な環境への負荷や食の安全性、持続可能性の課題を抱える。特に化学肥料と農薬に大きく依存するモノカルチャー農業の負の側面が累積していて、圃場整備に伴う里地の生き物の絶滅や「サイレント・アース:昆虫たちの『沈黙の春』」(デイヴ・グールソン2021)と呼ばれる昆虫の劇的な減少も報告されている。この傾向に対して、いわゆる有機農法が一定の広がりは見せている。自然資本ともいうべき土壌の構造を重視して、古くは福岡正信氏(1913-2008)が提唱した「不耕起・無肥料・無農薬・無除草」の自然農法も試みられてはきた。だが、舩橋さんの700ページ近い大作『拡張生態系』(2025)では、食料問題や環境問題を根本から解決しようという一大パラダイムが展開されているのに驚く。

大磯の実験農園で観測された植物種に対しての生物間相互作用を表示した例 青: 植物種、オレンジ: 動物種、黄: 菌類、緑: その他 生態系の中でハブとなる植物を推定するのに利用される(©️ソニーCSL、本文中リンク参照)
AIも活用:0.05haの生態系小宇宙
大磯の農園では、植物の導入と収穫の頻度は月4∼5回で果実や野菜・ハーブを収穫、地域に供給。また、農園を開放した観察会や教育プログラムを頻繁に開催しているという。モニタリングの際に導入した植物と動物の関係性を調査・記録。通常の動植物に加えて菌類も含めて観測された膨大な生物種の生物間相互作用をAIを用いて評価しながら、ハブとなる植物を推定して未導入のものを導入することもあるのだとか。https://www.sonycsl.co.jp/projects/open-data-release-global-biotic-interactions-data-with-two-types-of-centralities/
その結果、わずか0.05haだが、導入した425種(477品種)の極めて多様な有用植物と周辺の樹林や草地と共通の植生も混在する半自然的な農園環境を形成。申請区域内では、昆虫105種、植物57種、鳥類12種、哺乳類3種、爬虫類2種、両生類1種が確認されている。よって、自然共生サイトの要件である、生物多様性の価値のひとつ「里地里山といった二次的な自然環境に特徴的な生態系が存する場」として認定された。
令和の里山の「再構築」へ
なお、生物多様性の保全と持続可能な自然資源の利用を両立させる『自然と共生する社会』のモデルとして、SATOYAMA(里山)が2010年の生物多様性条約COP10で認知されている。里山の特徴は、人間活動が加わることで自然生態系より種多様性が高まることだ。カタクリやギフチョウなど氷河時代以来の落葉樹林の生物多様性が、後氷期の温暖化に伴う照葉樹林化の中で存続したのは、焼畑が広く行われていたことと、水田耕作が刈敷供給源として数倍の面積の山野を周りに必要としていたことにある。このように『自然を守るとはどういうことか』(1988)で守山弘さんは述べている。
京都を例に挙げると、「植物学を学ぶものは一度は京大の芦生演習林を見るべし」とまで学会誌で紹介された奥山の芦生よりも、1990年頃にゴルフ場開発が頓挫して森林公園となった里山である大原野森林公園の方が植物種数は多数確認されていたのである。
しかし、化石燃料と化学肥料の普及で、生きた里山は消滅に向かった。春植物とそれに依存する昆虫は絶滅危惧種となり、近年は天敵を失った鹿食害が悲劇に輪をかけた。このため、生物多様性国家戦略では、2002年の第2次戦略から、開発など人間活動による危機、外来種など人間により持ち込まれたものによる危機に加えて、自然に対する働きかけの縮小による危機が打ち出されたわけだ。
でも、落葉樹林の春植物や畦のワレモコウなどのリソースが既に失われた場所ではいくら里山管理しても元の生態系には戻らない。しかも、温暖化適応が求められる現代の農園にあっては、むしろ協生農法のように、新たに多様な有用植物の組み合わせ導入の実験を積極的に始めるべき時とも言える。
(森本幸裕 京都大学名誉教授、(公財)京都市都市緑化協会理事長)

