戦争と軍拡競争が、環境を破壊し、気候危機を加速させる

ロシア軍のミサイルによって破壊された建物 キーウ郊外=2025 年2月、朝日新聞社提供
軍拡が持続可能で公正な未来を妨げる
戦争が最大の環境破壊であり、人道への脅威であることは論をまたないところです。ところが新しい年を迎えても世界各地で戦乱が続き、次々と紛争が勃発しそうな形勢です。世界の軍事費は、地政学的緊張の激化、紛争、そして安全保障上の脅威の認識によって、全地域で大幅に増加しています。しかし、軍事費の増加は世界の安全を保障するものではなく、軍拡競争を煽り、国家間の不信を深め、国際関係をさらに不安定化することにつながるのです。
ストックホルム国際平和研究所によると、新たな軍拡時代の到来によって、2024年に世界で使われた軍事費は、2.7兆ドル(約429兆円)に膨れ上がっています。これは前年比9%以上の増加(冷戦時代以来最も急激な増加)で、10年連続の増加となっています。そして現在の傾向が続けば、世界の軍事費は2035年までに4.7兆ドルから6.6兆ドルに達する可能性があります。年間6.6兆ドル(約1,049兆円)の軍事予算は、冷戦終結時のほぼ5倍、2024年の支出の2倍以上となります。この加速度的な軍事化の進行は、持続可能な開発や平和構築の取り組みに必要な重要な資源を奪い、人類の未来に深刻な脅威をもたらします。
昨年9月には国連加盟国の「未来のための協定」での要請を受け、国連事務総長が『平和の真のコスト-私たちに必要な安全保障:持続可能で平和な未来のための軍事支出の再調整』と題した報告書[1] を発表しています。この報告書では増加する軍事支出が持続可能な開発目標(SDGs)の達成に与える影響を分析し、軍事力増強よりも外交、協力、持続可能な開発、軍縮を優先する、人を中心とした多面的アプローチへの転換を提案しています。
世界の年間軍事費2.7兆ドルの15%を投資すれば、発展途上国の気候変動適応の年間コストを十分に賄えると指摘しています。さらに4%未満で、2030年までに世界の飢餓を終わらせることができ、10%強で世界中のすべての子どもに完全にワクチン接種が可能です。
軍事費に10億ドルを費やせば特定の軍需産業などで約1万1200人の雇用が生まれますが、同じ金額でクリーンエネルギー分野で1万6800人の雇用、教育分野で2万6700人の雇用、医療分野で1万7200人の雇用を創出できます。
気候危機を加速させる軍事活動
軍事活動は大量の温室効果ガスの排出源を伴い、気候危機を加速します。軍事活動による温室効果ガス排出を、世界的な気候協定に組み込むことを推進するキャンペーン団体「The War On Climate」では、軍事活動が世界の温室効果ガス排出量の5.5%を占めると推定しています。そしてイスラエル・ガザ戦争では、わずか15か月で3,220万トンを排出し、ロシアのウクライナ侵攻では3年間で2億3000万トン、米国の対テロ戦争では12億トン、湾岸戦争では1億3100万トンを排出したと推定しています(いずれも CO₂換算)ちなみに日本の2023年度の排出量は約10億1,700万トンです。
戦争の直接の軍事活動によるジェット機や戦車の燃料消費だけではなく、戦争による破壊後の被害からの復興活動からも大量の温室効果ガスが排出されます。しかしながら現状では軍事活動に伴う温室効果ガスの排出は、気候変動枠組条約の下での義務的な報告から除外されています。(ただし、アメリカのトランプ大統領は、気候変動枠組条約そのものから脱退する意向を表明しているので、条約で義務化してもアメリカは報告しないことになります)。
既述のように、ロシアのウクライナ侵攻によってこれまでに大量のCO₂が排出されていることが明らかになっていますが、ウクライナの森林も約300万ヘクタールが戦争で破壊または被害を受け、年間170万トンの温室効果ガス吸収能力が減少しています。ウクライナはヨーロッパ大陸の陸地面積の6%未満しか占めていないにもかかわらず、ヨーロッパの生物多様性の3分の1を抱えているのです。
戦争温室効果ガス計算イニシアティブ(IGGAW)は、両国の軍隊が1800万トンの燃料を使用し、130万ヘクタールの畑や森林に火災を放ったことを明らかにしています。またこれまで数百の石油・ガス施設が破壊され、大量の鉄鋼やセメントが費消されています。ウクライナは現在、ロシアに対して世界初の戦争による気候賠償として438億ドルを支払うよう要求しています。
外交・国際協力・持続可能な開発を優先し、軍備ではなく人に投資すること
世界は重大な選択に直面しています。地球規模の安定と人類の進歩を脅かす軍事費の継続的増加か、外交・国際協力・持続可能な開発の優先を通じた全人類の共通の安全保障と繁栄への新たな道です。
恒久的な平和を確保するには、外交・信頼醸成・国際協力を優先し、軍事費増加の現状を逆転させるため、地球規模の安全保障・開発戦略の抜本的見直しが緊急に必要です。
安全で回復力があり公平な未来を育むためには、多国間主義への新たなコミットメント、平和・軍縮・開発アジェンダの統合、そしてグローバルな優先事項の根本的な方向転換が不可欠なのです。
松下和夫(京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー)
[1] https://www.un.org/en/peace-and-security/the-true-cost-of-peace

