時評

国際熱帯林保護基金(TFFF)の可能性と課題

COP30の会場=2025年11月、ブラジル・ベレン、朝日新聞社提供

 

 本稿執筆時点はブラジルのベレンでCOP30(第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議)の交渉がまさに佳境に入っているところです。

 COP30の主なテーマは、各国が2035年の温室効果ガス削減目標をどこまで高められるか、途上国への資金的支援を具体化できるか、森林保全・森林破壊防止の有効な仕組みができるかなどです。とりわけ開催地のベレンがアマゾン川の河口に位置し、熱帯林との関連ではシンボリックな場所であるだけに、森林保全が注目されます。

 COP30に先立って開催されたリーダーズサミット(首脳級会合)初日の11月6日に、国際熱帯林保護基金(TFFF)の設立が発表されました。TFFFは、熱帯林の保全を目的に設立された国際的基金であり、気候変動対策と生物多様性保護を両立させる新しい枠組みです。その可能性は大きい一方で、資金確保や運用の透明性、森林破壊の根本要因への対応など課題も存在します。

 基金の目的は、アマゾンや東南アジア、コンゴ盆地など世界の主要熱帯林を対象に、森林破壊や火災を防ぐことです。熱帯林は年間約11.7Gtの二酸化炭素を吸収すると試算されており、その吸収量は世界最大の排出国中国の排出量に匹敵します。一方、森林破壊による排出量は約4Gtで、世界第2位のアメリカに迫る規模です。パリ協定がめざす1.5度目標を達成するためには、排出量を増加させる森林破壊や森林火災を食い止めることが不可欠です。

 基金は、国際的な資金メカニズムとして、先進国や民間セクターから資金を集め、債券などへの投資収益を森林保護に還元する仕組みを導入しています。基金では、投資収益を森林保護に充てるため、従来の寄付型よりも安定した資金源となる可能性(持続的な資金供給)があります。そして、多国間の枠組みとして、熱帯林保有国と支援国の双方が参加することで、グローバルな責任分担を促進し、国際的な合意形成が図られます。さらに熱帯林が提供する炭素吸収や生物多様性保護の価値を経済的に認識(生態系サービスの価値化)し、対価を支払う仕組みをつくる点で画期的です。

 具体的には、各国政府が拠出する公的資金を主とした250億米ドルを呼び水に、民間資金を引き込んで1000億米ドルの追加投資を得、この基金の運用益で、熱帯林を保全することを約束した国々のために年間40億米ドルの資金を提供する、そして森林を保全・回復した面積に応じて、1ヘクタールあたり4米ドルを基準に資金が支給されることになります。森林の保全・回復状況は衛星画像によってモニタリングされ、もし森林の破壊や劣化が生じた場合は、支払いが減額または停止される可能性もあります。また、受け取った資金の20%は、先住民族と地域社会へ直接還元することになります。

 このイニシアティブにリーダーズサミットの2日間で53か国が賛同し、そのうち19か国が資金拠出を表明しています。ノルウェーの30億ドルを筆頭に、ブラジル政府は10億ドルの拠出を表明、インドネシアやポルトガルなども拠出を表明し、基金の総額は55億ドルに達しました。

ルーラ・ブラジル大統領、Luiz Inácio Lula da Silva, President of Brazil 10 November 2025 Attribution Photo by IISD/ENB | Mike Muzurakis

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 TFFFは以上のように「熱帯林を守るための国際的な金融イノベーション」として注目されています。森林保全のための新たな持続的な資金の供給と国際協力の可能性を秘めています。ただし、今後資金の確保、透明性、森林破壊の根本原因への対応が成功の鍵となり、次のような課題も指摘されています。

 第1は資金規模の確保です。目標は1,250億ドル規模とされますが、各国の拠出が十分に集まるかどうかは現時点では不透明です。

 第2は運用の透明性の確保です。投資収益をどのように分配し、現場で森林保護に活かすかなどの監視体制が必要です。

 第3には森林破壊の根本原因(農地の拡大、違法伐採、鉱山開発など経済的要因)にどのように対処するかという点です。このような構造的課題にメスを入れる必要があります。さらには、途上国の開発ニーズとの調整、すなわち森林保護と経済成長をどう両立させるかが最大の政治的課題です。

 日本政府は国際熱帯林保護基金の設立の趣旨には賛同していますが、資金拠出はまだ行っていません(11月15日現在)。つまり「参加はしているものの、資金面での積極的な関与は未定」という立場です。今後の国際交渉や国内政策の進展次第で、日本の関与の度合いが変わる可能性があります。いずれにしても日本政府も積極的な関与が望まれます。

 松下和夫(京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー)

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