時評

博覧会跡地の自然再生 雨庭ネットワークに展開を

千里丘陵都市開発の緑のコアとなったEXPO‘70万博記念公園の森(2015年筆者撮影)

 日本を代表する世界的な建築家、山本理顕氏が大阪・関西万博跡地での森林再生を提案されているのを新聞紙上で知った。これまで万博開催に関して、課題の説明が十分でないと批判されていたことは知っていたが、「今、重要なのは万博の跡地をどうするか」なのだと山本氏。「2050年ごろを見据え…森林と自然を再生…その森を中心に各地に緑地をつくりネットワーク化」を提言されている。我が意を得たりの感もあるこの提言だ。これまで各地で森林再生に携わった者としてエールを送りたい。

 実はこの4月、天皇皇后両陛下ご臨席のもと、内閣総理大臣から「景観生態学的研究を基盤とした都市における自然再生」に関する功績によって、「みどりの学術賞」を受賞する栄誉を得た。この賞は、国内において植物、森林、緑地、造園、自然保護等の「みどり」に関する学術上の顕著な功績のあった個人に授与される。

 筆者の功績とされた「都市における自然再生」には、くしくも博覧会跡地の事例がふたつ含まれる。博覧会そのものは祭典であって、未来に向けた企画が期待される一方、会場の跡地は、都市における、まとまった緑地の確保に大きな役割を果たしてきた。

 まず、それまでの博覧会史上最大の6400万人の入場者を集めたEXPO‘70(日本万国博覧会)だ。大阪の千里丘陵のこの会場跡地は「緑に包まれた文化公園」とする閣議決定によって、大規模都市開発にあって、貴重な緑地となった。しかも、高山英華+都市計画設計研究所による基本計画「自立した森」を早期に実現すべく、吉村元男+環境事業計画研究所が設計した、公園核心部「自然文化園」(約100ha)が画期的だ。

 生物多様性の概念が未確立の時代にあって、豊かな生物多様性を意図したものだった。都市に作られた森としては明治神宮の森が著名だが、造成地ではない。EXPO‘70の森は造成地における本邦初の大規模自然林再生事業だった。

 だが、調達できる樹種は限られているし、苗木を植えるだけで自然が再生するわけではない。ここで筆者は長期にわたる継続モニタリングと課題対応に関わる機会に恵まれた。初期には固結植栽基盤や思いがけない硫酸酸性による生育不良の診断と対応が課題だった。なんとか大きくなってきても、限られた樹種のいわば団塊の世代だけの単層林では多様性に欠ける。そこで生物多様性豊かな次世代の森を目指し、自然林での倒木が次世代の多様性と活力を生むメカニズムを応用した、パッチ状間伐や森林表土撒き出しなどを試み、成果を挙げた。

 なお、大阪・関西万博会場に、ここから700~800本移植されたが、これは景観生態学的に見ると、大規模台風による倒木のようなもので、適切な管理のもと、第二世代の森が育つだろう。

大阪・関西万博会場の樹木。「静けさの森」以外にも樹木が約1000本植栽されている

 もうひとつの博覧会は平安建都1200年を記念した国内版、第11回全国都市緑化きょうとフェア(1994)だ。旧国鉄の貨物列車用地を京都市が買収して開催され、博覧会の跡地はそっくり梅小路公園(現在13.7ha)となった。ここで筆者は日本初の都心の本格的なビオトープ「いのちの森」プロジェクトに参画。以降、ボランティア・モニタリンググループ活動を継続し、昨年には隣接の「朱雀の庭」と合わせて、自然共生サイトの認定を得た。公園は周りの多くの事業者で構成するまちづくり活動の拠点ともなっていて、近年は公園に隣接してホテルが四つ開業するなど、地域の持続可能まちづくりに貢献している。

 こうしたまとまった規模の都市緑地確保は、博覧会抜きには実現できなかった奇跡でもある。だが一方、人口減少の現代にあっては、小さくとも山本理顕氏もいう「各地に緑地をつくりネットワーク化する」ことが、より重要だと思う。その鍵は、平常時は雨の恵みを享受し、大雨の災いを和らげる「雨庭」と筆者は考え、推進していることも「みどりの学術賞」の功績とされ、授賞式後の懇談では両陛下もご関心を寄せられた。

 現在、博覧会跡地については、大阪府市が「夢洲第2期区域マスタープランVer.2.0」をもとに、約50haの開発事業者募集を開始するという。会場中央の「静けさの森」(約2.3ha)は継承するとしても、その他の植栽約1000本の行方が気になる。そこで、大阪府市の各所に、万博記念樹を植栽する雨庭1000箇所ネットワークにも貢献する事業が夢洲でできないだろうか。アメリカ・シアトルでは、大雨に伴う下水汚染でサケがへい死したピュージェット湾の自然再生がインセンティブとなって、市内で「12,000雨庭運動」が2011年から展開され、成果を挙げている。

アメリカ、シアトルの「12,000雨庭運動」で作られた雨庭の例。啓発看板が設置されている

 大阪府市と開発事業者は、会場が、大阪府レッドリストの生物多様性ホットスポットAランクだったことに配慮し、開発の環境負荷代償措置も併せた事業として欲しい。現在の高い地盤構造を考えると、もとの干潟の自然を跡地に再生することは非現実的だが、大阪府市各地の小規模分散自律型の万博記念雨庭によるネイチャーポジティブは、博覧会のテーマと合致すると思う。

 (森本幸裕 京都大学名誉教授、(公財)京都市都市緑化協会理事長)

 

 

 

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