時評

「環境正義」の危機 コスモス国際賞が力になるか

記者会見で発言するトランプ米大統領=2025年2月、朝日新聞社提供

 パリ協定を離脱して化石燃料を掘りまくるという米国から、自然環境にとってさらに衝撃的なニュースが飛び込んできた。

 ワシントン・ポスト紙(2025年2月6日付)によると、米国環境保護庁(EPA)で環境正義(人種や所得、国籍などにかかわらず、誰もが安全な環境で暮らせる権利を保障する考え方)に関連するプログラムに携わる100人超の職員が、休職扱いとなった。また、司法省でも同様のプログラムに従事する人員の削減を進めているという。

 世界はG7の自然協約(2021)や昆明・モントリオール生物多様性枠組(2022)をはじめ、ここ数年、自然環境の保全と再生の流れが国際的に高揚してきたはずだった。更にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の勧告の発表がニューヨークの証券取引所で行われるなど、生物多様性の主流化は米国から本格化するかもしれないと思っていた。しかし、トランプ政権は個別の環境政策にとどまらず、根幹の「環境正義局」に手を付けた。

 そもそも、環境正義という概念は1982年、PCB汚染土壌を主に黒人が住むノースカロライナ州のウォレン郡に廃棄する事件への抗議活動に端を発する。これが、貧困層や少数派などの弱者が、有害廃棄物や資源採掘などの土地利用による環境被害を受けやすいという「環境レイシズム」への抵抗運動に進展した。その後の国際的な環境運動、1992年の地球サミットと以降の多くの取り組みが展開した根底で、環境リスクと利益の公平な分配を求める「環境正義」概念が原理的な役割を果たしていたと思う。誰一人取り残さないSDGsがそうだし、生物多様条約の生物多様性の保全や持続可能な利用、遺伝資源の利用から得られる利益の公正な配分という目的もそうだ。

クリスティン・シュレイダー=フレシェット博士、写真提供・国際花と緑の博覧会記念協会

 米国のニュースに接して、2023年にコスモス国際賞がクリスティン・シュレイダー=フレシェット博士(ノートルダム大学オニール家講座名誉教授)に授与されたことを改めて高く評価したいと思う。

 フレシェット博士は定量的なリスク評価手法を用いて、環境不正義(子供たち、将来世代、マイノリティ、貧しい人々にのしかかるより重い汚染負荷)を科学的に明らかにし、その是正に貢献されてきた。

 山極寿一・コスモス国際賞委員会委員長は、受賞理由と受賞者の紹介でこう述べている。その著書『環境正義』にあるように、「リスクの多元性や、現実化した被害の地理的・時間的な拡散性、人々の幸福や健康を支えている生態系サービスや非市場的価値・資源など、従来の定量リスク評価やコストベネフィット評価に含まれてこなかった要素を考慮」して、「リスクと被害の定量的評価を再構成」した点に、博士の最大の功績がある。

 コスモス国際賞は、1990年に大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」を記念して設立された。日本発の権威ある国際賞(副賞4千万円)で、「自然と人間との共生」という博覧会のテーマに添った個人や団体の業績を顕彰する。特に地球的視点に立ったものが高く評価され、特定の地域や個別的現象に関するものであっても、普遍性や長期的な視点、包括的・統合的視点が重視される。その30回目の節目の受賞者がフレシェット博士だ。「環境正義」という科学的かつ哲学的なアプローチを行った博士の取り組みは、これまで本賞が顕彰してきた多様な要素も包含していて相応しいと山極委員長は添えている。

コスモス国際賞30回記念のつどい・シンポジウムであいさつする天皇陛下=2023年11月、朝日新聞社提供

 日本では馴染みの薄かった「環境正義」概念だが、justiceの日本語訳としての「正義」の語感が強すぎて、白黒を断じて対立を煽りかねないことへの抵抗があるかもしれない。しかし、むしろ博士の真骨頂は広範な要素を含む科学的な定量リスク評価やコストベネフィット評価にある。米国の危機を対岸の火事とせず、日本では自然関連のEBPM(証拠に基づく政策立案)やいわゆるグリーンウォッシュ対応にも活かして欲しい。
 (森本幸裕 京都大学名誉教授、(公財)京都市都市緑化協会理事長)

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