「なぜイギリスは石炭火力を廃止できたのか」
イギリスで最後の石炭火力発電所が廃止される
イギリスでは2024年9月30日に、1967年から稼働してきた国内最後の石炭発電所ラトクリフ・オン・ソア発電所が運転を終了し、142年にわたる石炭への依存に終止符を打ちました。
イギリスは石炭火力発電発祥の地で、世界初の石炭火力発電所であるホルボーン・ヴァイアダクト発電所が、トーマス・エジソンによって1882年にロンドンに建設されました。それから20世紀前半まで、イギリスの電力のほとんどすべては石炭により供給され、家庭や企業のエネルギー源となっていました。1990年代初頭にはガスに押され始めましたが、その後も20年間は石炭がイギリス送電網の重要な構成要素を占め続け、2012年時点でも、イギリスの電力の39%が石炭発電によって供給されていました。
その後、気候変動をめぐる科学的根拠が蓄積され、温室効果ガスの排出削減が必要なことが強調され、最も温室効果ガスの排出量の多い化石燃料である石炭が、削減対策の主要なターゲットとなったのです。
2008年にイギリスでは初めて法的拘束力のある気候変動目標が定められ、2015年には10年以内に石炭火力の使用を終了すると世界に宣言しました。そして2010年には全体のわずか7%だった再生可能エネルギーによる発電量が、2024年前半には50%以上に増加し、短期間に石炭火力発電を完全に止めることが実現したのです。
石炭火力発電所の廃止が脱炭素社会への移行の鍵
気候変動を抑制するために世界が取るべき最も重要なステップが、石炭火力発電の段階的廃止です。
温室効果ガスを最も排出する化石燃料である石炭は、2022年には世界の発電量の36%を供給していました。国際環境シンクタンクの野心的なシナリオによると、世界が地球温暖化による気温上昇を1.5℃に抑え、気候危機の最も壊滅的な影響を防ぐためには、これを2030年までに4%、さらに2040年までに0%に下げる必要があるとしています。
発電から石炭を排除していくことが経済の他のセクターを脱炭素化するためにも重要です。電気自動車やヒートポンプなど、電気で動くグリーンな技術が、よりクリーンなエネルギー源で駆動されるようになります。近年では、世界の電力セクターで使用される石炭の割合は徐々に減少していますが、もっとずっと速く減少させる必要があるのです。
なぜイギリスは石炭火力発電を廃止できたのか
1990年代のイギリスで石炭火力発電が初めて減少したのは、市場の力によるものでした。1991年の新しいEU規制により、ガスを発電に使用することが許可され、イギリスの鉱業コストの高さや、北海での安価で豊富なガス開発が相まって、石炭火力発電所からガス火力発電所への急速な移行につながりました。その結果、石炭の電力構成は1991年の約65%から99年には約30%に減少しました。
イギリスの石炭火力発電は、2000年代初頭は比較的安定していましたが、2010年代には急落し、石炭の削減は、ガスに代わって再生可能エネルギーに置き換えられることにより進みました。
この頃、EUとイギリスは石炭火力発電の段階的廃止に向けた一連の政策を打ち出しました。EUは2008年に石炭火力発電所の汚染に対してより厳しい制限を導入し、その結果、古い石炭火力発電所には高額な改修が必要になりました。イギリスの平均的な石炭火力発電所はすでに耐用期間を迎えていたので、多くの電力会社は改修するよりも閉鎖することを選択しました。
2013年、イギリスは、EUの既存の炭素価格(カーボンプライシング)をはるかに上回る炭素価格の下限を導入し、その後の数年間で何度も引き上げました。これにより、石炭火力発電のコストが上昇し、ガスよりも、また再生可能エネルギーよりもはるかに高価になりました。2015年までに、石炭火力発電所はもはや採算が取れなくなり、大量に閉鎖されたのです。
政府は2015年に、2025年までに石炭火力発電を完全に廃止するという目標を設定し、その後、これは2024年に前倒しされました。
規制の強化、政府からの明確な石炭火力廃止への政策的シグナル、廃止に向けた経済的インセンティブ、そして気候変動対策に対する国民の強い支持により、国内に残っていた石炭火力発電所は急速に閉鎖されていったのです。一方、再生可能エネルギーコストの低下と支援政策は、特に風力エネルギーのブームを引き起こし、石炭の削減の大部分を補いました。
一方、今後について、イギリスの新政権は2030年までにクリーンな電力を実現するため課題を克服する必要があると認めています。そのためには送電網を強化し、再生可能エネルギーの発電容量を増やし続ける必要があり、投資を促進し続け、この分野の成長を後押しする必要があると述べています。洋上風力などの再生可能エネルギーをさらに増加させるとともに、送電網など、電力を流すためのインフラ整備の強化も欠かせないという考えも示しています。
世界、とりわけ日本への示唆
イギリスと同じようにヨーロッパ各国は石炭火力の廃止時期を表明し、イタリアは2025年まで、フランスは2027年まで、ドイツは遅くとも2038年までに廃止という目標を掲げています。
一方、世界では依然として石炭火力の依存割合が高い国が多くあります。2022年で石炭火力の発電割合はインドが71.8%、中国が61.8%、インドネシアが61.6%などと新興国を中心に高い割合となっています。また、石炭火力の廃止時期を表明しているドイツも石炭火力の依存割合は33%と高くなっているほか、アメリカも20.4%などとなっています。
2024年4月にイタリアで開かれたG7気候・エネルギー・環境相会合では、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電を2035年までに段階的に廃止することで一致しています。
しかし日本は2022年で石炭火力の割合が30.8%です。そして現在のエネルギー基本計画では2030年度時点でも19%程度となっており、廃止時期も定めていません。太陽光、風力などの再生可能エネルギーは約2割にとどまっています。
日本は、先進国の一員としてパリ協定の目標に整合する行動が求められており、そして、パリ協定の目標達成には、石炭火力をできるだけ速やかに廃止しなければなりません。
石炭火力発電所を早期かつ段階的に廃止することは、日本の国際的な責任を果たすことになるとともに、日本経済の国際競争力の維持にも関わる課題です。なぜならば温室効果ガスを大量に排出して発電された電力を利用して作られた製品は、国際的にはダーティな製品として市場から敬遠される時代になっているからです。
(松下和夫 京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー)