時評

巨大貯留施設より「雨庭」を:セーヌ川で泳ぐもうひとつの道

セーヌ川の浄化のためにパリ南東部のオステルリッツ駅近くに建設された地下貯水槽の内部=朝日新聞社提供

 3年前の五輪東京大会に続いてパリでも露見した降雨に伴う水質汚染問題。この際、汚染対策に留まらず、都市化で劣化した雨水循環の健全性を取り戻す機会にできないだろうか。降雨を邪魔者としてすぐ下水に流すのではなく、受け止めて一時貯留し、動植物を育み、地下水を涵養する小規模分散自律型の「雨庭」の出番だと思う。温暖化で激化する都市型洪水やヒートアイランド対策、さらにそれによって蘇る自然が人々のウェルビーイング向上にも貢献する、グリーンインフラ(自然を活かした社会基盤)である。

 パリ五輪では基準を超える大腸菌のために、セーヌ川でのトライアスロンの公式練習は中止となり、本番も男子は延期された。1923年から汚染で遊泳が禁止されていたが、アンヌ・イダルゴ市長は「セーヌ川で泳ぐ」という目標を掲げて五輪を誘致。巨額を投じて浄化設備等を整備し、泳げるようになったことをアピールしたはずだった。

 しかし、汚水と雨水を一緒に流す合流式下水道は、雨が続けば未処理の汚水が川にあふれ出る。これをCSO(合流式下水道越流水)という。できるだけ雨水だけを河川に放流する仕掛けも開発されてはいるが、限界は否めない。同様の問題が東京五輪のお台場でも課題となった。新たな都市開発では分流式が採用されるが、合流式は古くから下水道が整備された都市に共通の弱点なのである。

 お台場では、当局は汚染物質流入を防止するスクリーンを張るなどの応急処置で乗り切った。パリ市では、南東部のオステルリッツ駅近くに巨大地下貯留槽を建設。浄化装置も設置して、大雨時の未処理の汚染水のセーヌ川への流入を抑えようとした。加えてセーヌ川に停泊する平底船からの生活排水垂れ流し禁止などの対応がとられた。だがトライアスロン当日の大腸菌レベルはお天気任せとなったようだ。

 これに対して、1990年代から北米を中心としたLID(低環境負荷型開発)への流れが進む中、アメリカのシアトル市では、住宅敷地や道路に降った雨の貯留・浸透に配慮した「雨庭」が成功を収めている。市域が面しているピュージェット湾のシンボルでもあるギンザケ。これが2003年の大雨の時に大量へい死したことが、市民参加の「12,000 雨庭運動」の展開につながったのである。(月刊グリーン・パワー2018年2月号時評で紹介)

シアトル市の「12,000雨庭運動」でつくられた雨庭の例。雨樋を雨庭に導くと浄化機能で魚が喜ぶ啓発看板が設置されている=筆者撮影

 

 雨庭の持つ多機能性に加えて、強調したいのが、良好なコストパフォーマンスだ。報道によればセーヌ川の巨大貯留槽の貯留量が約 5万立方メートルで、建設費9千万ユーロ(約144億円)。1立方メートルあたり約 29万円となる。日本では汚染対策というより、豪雨による内水氾濫対策のために、各地で巨大な雨水貯留施設が建設されている。例えば、福岡市ではニ度の大規模中心市街地浸水を受けて、調整池に加えて巨大な雨水貯留管が「売り」のプロジェクトが行われた。「雨水整備レインボープラン博多」では、353 億円で貯留量約6万立方メートル。1 立方メートルあたり約59 万円だ。また、「雨水整備レインボープラン天神第一期工事」は139 億円で貯留量約2万立方メートルなので1立方メートルあたり約70 万円だ。

 これに対して、「市民ダム」を提唱する福岡大の渡辺亮一教授の「雨水ハウス」は素晴らしい。蓄雨量は敷地約300平方メートルに対して約140ミリあるが、コストは大幅に低い。建築基礎も兼ねた生活用水用タンク17.3立方メートル、駐車場下の治水用24立方メートルなど雨水貯留能力は合計41.8立方メートルで390万円。1 立方メートルあたり約9万3千円だ。九州大の島谷幸宏教授(当時)らが開発した、地下に砕石層を作る方法では1 立方メートルあたり約4万円で、埋め戻した上は緑化できる。

 渡辺教授らのコスト分析では、単に貯留する雨水タンクでも1立方メートルあたり約10万5千円と巨大貯留施設より大幅に低コストである上に、シミュレーションによると渇水時の雨水利用も可能だという。

渡辺亮一教授の「雨水ハウス」の概念図。(「京のみどり」81号2016より)

 

 パリ中心部は都市型集合住宅が密集しているが、中庭があるのが特徴だ。中庭の雨庭化はオステルリッツ貯留槽より大きな潜在能力があるはずだ。財政逼迫で人口減少の日本の都市でも、温暖化適応で地域の自然も再生して、ウェルビーイングに貢献する小規模分散自律型の雨庭を、地域で確保していく時代ではないだろうか。

 (京都大学名誉教授・(公財)京都市都市緑化協会理事長 森本幸裕)

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