時評

オリンピックと「15分都市」のパリ

開幕したパリ五輪。環境や気候変動に配慮した大会運営をめざしている=朝日新聞社提供

 パリでの夏季オリンピック(パリ五輪)が佳境に入っています。

 パリは2015年に気候変動に関する国際的な枠組み「パリ協定」が採択された都市であるだけに、気候変動や環境問題などの課題解決に対して積極的な姿勢を示しています。そしてこれまでの五輪のなかで、最もサステナブルな大会の実現を目指しています。

 具体的には、競技施設の95㌫は既存・仮設の施設を利用、観客の移動手段は徒歩・自転車・公共交通機関のみ(大会のチケットを持っている観客はパリの公共交通機関が使い放題)、大会中にパリを走行するバスはゼロエミッション車、としています。そしてパリ五輪による温室効果ガス排出量は、2012年のロンドン五輪と2016年リオ五輪の平均の半分である、二酸化炭素換算で175万トンという目標を設定しています。

 さらに象徴的な取り組みとして、競技会場へのペットボトルの持ち込みを禁止し、給水所を多数設けて再利用可能カップの使用を促すことで、ゴミ問題や環境汚染への課題解決にもつながることが期待されています。(なお、巨大化し商業化したオリンピックのあり方自体については別途考える必要があります。)

 この背景には、21世紀に入ってからパリでは世界でも最初の大規模なバイクシェア・プログラムが導入され、また都市レベルでの積極的な気候変動対策など、一連の社会や環境の改革とそのための投資が継続され、パリの街が着実に変貌をとげてきたという状況があります。

 こうした改革を主導したのは当時のベルトラン・ドゥラノエ・パリ市長であり、2014年にそのあとを引き継いだ現在のアンヌ・イダルゴ市長です。パリ市初の女性市長でもあるイダルゴ市長は、自動車を対象にした一連の具体的な対策に取り組み、さらに2020年の再選に向けて、社会的住宅の増加、生活の質の向上と、パリを「15分都市」にするという野心的な政策を打ち出しました。

 「15分都市」とは、パリ・ソルボンヌ大学のカルロス・モレノ教授が提唱した考え方で、自動車中心の都市を「修復」し、住民が徒歩や自転車、公共交通機関など公害のない交通手段を使って、必要なサービスまで15分以内で行けるような複合的な利用が可能な地域モデルを目指すというのが、その主なコンセプトです。

 このようなコンセプトに基づき、イダルゴ市長は、2019年暮れから始まった新型コロナウイルスの世界的流行と、都市の封鎖を機に、15分都市づくりの第一歩を踏み出し、一時的な自転車専用レーンや道路封鎖といった野心的な施策のパッケージを拡大しました。現在では、市内には、独立した自転車専用レーン、塗装された小道、バス専用レーンを改造した自転車専用レーンなど、1千㌔を超えるサイクリングルートがあります。

セーヌ川沿いに設けられた開会式の観覧席=朝日新聞社提供

 特筆すべきは、幾多の厳しい論争を経ながらも、2016年にパリのセーヌ川右岸の高速道路を車の通らないリニアパークに改造したことです。ここは、それまで、毎日4万台以上の車が利用する都市高速道路であり、ラッシュアワーには大渋滞か高速で走る車の通路となり、大気汚染の原因ともなっていました。現在この道路は、平日は自転車での通勤、週末は住民や観光客が遊歩道としてレジャーに利用するようになっています。

 パリ市はまた、より健康的な地域づくりのために、教育施設を地域コミュニティの拠点に変えることにも力を入れています。代表的な取り組みとして、市政府は、校庭や保育所を時間外や週末に開放し、住民にレクリエーション用の公共スペースを提供しています。さらに、学校への安全な自動車以外の移動手段を提供するため、通学路を歩行者天国にしています。

 住民中心の都市開発は、市政のあり方にも変化をもたらし、市の政策決定の一部が市の行政区と区長に委譲されています。市は、緑化、美化、ストリートファニチャー、マイクロモビリティの改善など、住民が近隣規模の計画に参加できる機会を各地区に設け、2021年には、7500万ユーロ(約128億円)の「参加型予算」も用意され、住民がクラウドソーシング(インターネット上で不特定多数に業務を発注する業務形態)によるプロジェクトに割り当て、投票することができるようにしています。

 花の都パリは多くの困難や混乱に直面してきました。2015年1月のシャルリー・エブド銃撃事件、同年11月のパリ同時多発テロ、2019年のノートルダム大聖堂火災、新型コロナ、そして現在の中央政界の混乱。こうした中でもパリでの15分都市実現への歩みは、パンデミック後の都市復興の模範として、世界中の市長や指導者、そして多くの市民から高い評価を得ています。かつて若き日にパリで3年半を過ごした筆者も引き続き注目していきたいと思います。

 

 松下 和夫 (京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー)

 

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