時評

名古屋からのいきもの便り~B級グルメで健康で豊かな植生活?

和風バタフライガーデンづくり(名古屋市白鳥庭園)(写真提供:都市の自然のモノサシ研究会)

 今年もすばらしい報告書が届いた。名古屋の「都市の自然のモノサシ研究会」という、一風変わった名前のボランティアグループの、「いきものの居場所づくりinまちなか」という、これまた二度見する表題の活動報告書だ。
 この表題は名古屋市が昨年3月に「なごやのまちなか生物多様性緑化ガイドライン」をまとめたのに呼応して、住宅、学校、事業所のオープンスペースの活用などで、まちなかの生物多様性の保全にチャレンジすることを、日常語で表現したものだ。
 机上の空論ではなく、地域の自然、生物多様性の実態を自らの目で確かめてきた成果を生かし、生きものと生息環境との関係がわかる魅力的な写真も豊富につかった紙面構成となっている。役所的言い回しを日常語に置き換えると、具体性と本質がより露わになって読み手に伝わりそうだ。社会的には、未だに認知度ではマイナーな「生物多様性」の「主流化」の推進には、こういうアプローチが役立つかもしれない。
 「都市と自然のモノサシ研究会」というグループ名も極めて野心的だ。HPによると、グループは生物多様性条約COP10の1周年記念シンポ(2011年10月)を機に出会った有志により、2011年11月11日に発足。①造園や生物調査が専門の者、②土木・建築など専門外ながら生物とかかわらざるをえない者、③素人なりに、身近な自然とのつきあい方に戸惑っている者、の集まりで、「いきもの目線とまちづくり目線、素人目線と玄人目線をつなぎたい!」がモットーという。
 そういえば、「測れないものは改良できない」という格言を引用して「都市の生物多様性指標」の評価法を確立しようという、COP10に向けたシンガポール政府と生物多様性条約事務局の呼びかけに対応して、日本から唯一、自己評価に取り組んだのが名古屋市だった。そのときの立役者のひとりがこのグループにおられる。でも、自己評価ツールなら指標よりモノサシ、つまり都市の自然を「見る目」を市民が養うことと共有することが大事という視点から、このグループ名となっているようだ。

都市の自然のモノサシ研究会の報告書

https://monosashi758.org/1717/

 これまでの活動の流れを紹介しよう。都市は自然とどのようにつきあえばいいのか。緑は欲しいが虫や落ち葉はイヤ、という声も多いし、緑地管理者目線と住民や利用者目線の評価は異なる。生きものの方も分類群によって緑地の構造への反応は大きく異なるし、立派な自然と異なって学術研究も多くない。複雑系である都市の自然相手に人間の都合との折り合いをつけていくには、信頼できる根拠を元に関係者間の合意形成を図らないといけない。
 そこでまず、名古屋市内の緑(丘陵地の樹林、社寺林、公園、河原、ため池)を160か所訪れ、写真を撮りまくって、「図鑑:都市の緑の生え方タイプ」を整理することからスタートした。
 ついで「どんな緑が好き?『健康』な緑って何だと思う?」と専門家44人のコメントから論点整理。具体的データで「“まちなか”の自然も馬鹿にできない」ことを示したのは大きな成果だ。「B級グルメで健康で豊かな植生活?」、つまり原生自然のようなレアでも高級でもないけれど、日々のくらしを支えてくれる緑と生きもの。工夫すればそこそこ豊かな生態系を象徴する多様な種と共存できるという本質を、市民の言葉で表現したメッセージを発信してきた。
 そして、近年の主な活動は名古屋市内の2つの日本庭園、白鳥庭園(3.7㌶)と徳川園(2.3㌶)が舞台だ。樹林、草地、川、池などいくつかの生態系の要素を含む日本庭園は、自然の縮景でもある。ずっと続けられている鳥、トンボ、チョウのモニタリングデータは、日本庭園が豊かな生物相確保に貢献するという重要なエビデンスになっている。近年の「和風バタフライガーデン」の取り組みとその成果は、グループの活動継続のインセンティブとなっているようだ。
 さて、「都市の生物多様性指標」で頑張ったシンガポール政府は、その後、都市に緑の庭園を造るというよりも、「庭園の中の都市」のビジョンで、都市の自然を賑わいにつなげる成果を収めている。でも庭園なら日本の方がお得意のはず。名古屋市の「なごやのまちなか生物多様性緑化ガイドライン」とともに「都市の自然のモノサシ研究会」の報告書を生かした、まちづくりにおける「生物多様性の主流化」を名古屋から期待したい。
 (京都大学名誉教授、公財・京都市都市緑化協会理事長 森本幸裕)

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