時評

気候危機を止める鍵となるか、「化石燃料不拡散条約」

 地球環境の危機的状況がしばしば報道されている中で、数少ない朗報の一つは、オゾン層が回復しつつあることだ。世界気象機関(WMO)の最新の報告書 (2023年1月9日)によると、クロロフルオロカーボン(CFC)などの化学物質による破壊が指摘されてきた成層圏のオゾン層が、今後数十年で完全に回復するとの見通しが明らかになった。

 その理由は簡単だ。モントリオール議定書によりオゾン層を破壊する原因物質(CFCsなど)の製造・使用が段階的に廃止されたからである。このまま対策が続けば、オゾン層は世界のほとんどの地域で2040年、北極では45年、南極でも66年には、1980年のレベルまで回復するという。

https://ozone.unep.org/system/files/documents/Scientific-Assessment-of-Ozone-Depletion-2022-Executive-Summary.pdf

 

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サイクロンが襲い、多くの建物が損壊したバヌアツの集落=2020年4月、同国北部ペンテコスト島(朝日新聞社)

 

 気候変動の原因となるのは温室効果ガスであり、その大部分は二酸化炭素(CO)である。COは主に化石燃料(石炭、石油、天然ガスなど)の燃焼により生ずる。実際、産業革命以降に排出されたすべてのCOのほぼ80%は、石炭、石油、天然ガスによるものである。であれば、オゾン層保護対策にならい、そもそもの原因物質である石炭、石油、天然ガスの製造・使用を段階的に廃止することが根本的解決となるはずだ。ちなみに、化石燃料はCOの主要な排出源であることに加え、その採掘、精製、輸送、燃焼に伴う地域の公害、環境、健康への被害を伴っている。
 環境対策の原則は、下流ではなく上流、すなわち問題の発生源にさかのぼって対策を取ることであり、気候変動問題も同様の方法をとることが望ましい。しかしながら、気候変動枠組条約にもパリ協定にも、石炭、石油、天然ガスについての直接の言及はない。
 以上のような発想から「化石燃料不拡散条約」を推進する動きが始まっている。

https://fossilfueltreaty.org/jpn

 太平洋の島嶼(とう・しょ)国であるバヌアツが、2022年9月の第77回国連総会で、化石燃料時代を終わらせるために、この歴史的な条約の締結を最初に呼びかけ、ツバルが同じ年の11月8日に、エジプト・シャルムエルシェイクで開催された第27回気候変動枠組条約締約国会議(COP27)で、化石燃料不拡散条約の締結を求める2番目の国家となった。

 

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COP27の会場で、排出量の削減目標をより高めることなどを求めて会見するマーシャル諸島などの代表者ら=2022年11月(朝日新聞社)

 

 この条約への支持は広がり、2022年11月現在、70の都市と地方政府(ロンドン、リマ、ロサンゼルス、コルカタ、パリ、ハワイ州など)、101名のノーベル賞受賞者、1800の市民社会組織、3千人の科学者と学者、60万人の個人が支持を表明している。

https://meta.eeb.org/2023/04/19/time-for-a-fossil-fuel-non-proliferation-treaty/

 

 化石燃料不拡散条約の特徴は、他の気候変動協定とは異なり、需要側の政策(カーボンプライシングや再生可能エネルギーへの補助金など)ではなく、供給側の対策に重点を置いている点だ。条約に基づき化石燃料の供給に上限を設けると、再生可能エネルギーへの需要が高まり、脱炭素経済への移行が進むこととなる。

 

 条約では、化石燃料の生産を段階的に廃止し、より安全で費用対効果の高い解決策へと迅速に前進することが必要であるとし、化石燃料の不拡散、公平な段階的廃止、そして平和的で公正な移行を進めることを目指している。そのためには、これまでにない規模での国際協力が必要であり、次のような仕組みを構想している。

⓵化石燃料の不拡散:化石燃料のすべての新しい探査と生産を終了することにより、石炭、石油、天然ガスの拡散を防止する。

②公平な段階的廃止:1・5度目標に沿って化石燃料補助金と既存の生産を段階的に廃止する。

③公正な移行:すべての労働者、コミュニティー、国にとって、真の解決策と公正な移行を迅速に進める。

 このように化石燃料不拡散条約は、収益性や既得権益擁護を重視するのではなく、正義、公平性、持続可能性に立脚したシステム改革と行動を求め、市場ベースの解決策による緩やかで漸進的な変化から、脱炭素経済へのシステム全体の公正な移行への道を提供する。

想像力が世界を変える

 化石燃料不拡散条約はあまりに理想主義的で、実現可能性が低いと思われるかもしれない。

 しかしながら最も大胆で想像力豊かで、かつシンプルなアイデアが、世界を大きく変える可能性がある。1987年に採択されたモントリオール議定書(太陽からの有害な紫外線を遮断してくれるオゾン層を保護するための議定書)は、2009年までに世界のすべての締結国が批准し、その後まもなく世界はオゾン層を破壊する化学物質であるクロロフルオロカーボンの生産と消費を停止した。そしてそれが、今日のオゾン層の回復につながったのである。

 すでに世界には、私たちの生活やコミュニティーを支えるのに十分で手頃な価格の再生可能エネルギーがある。化石燃料から、安価で豊富な再生可能エネルギーへの公正な移行を加速させるという、パリ協定を補完する化石燃料不拡散条約を締結し、石炭、石油、天然ガスによる汚染、経済、気候、安全保障のリスクから決別する時が来ている。

(ジョン・レノンの「イマジン」を想起しつつ)

松下和夫 (京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー)

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海面上昇で水没の危機にさらされている島国ツバルのフナフティ環礁=2007年(朝日新聞社)

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