時評

GNHふたたび脚光 第4代ブータン国王のブループラネット賞受賞を祝して

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ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下=公益財団法人 旭硝子財団提供

 

 環境分野の「ノーベル賞」とも称される地球環境国際賞、「ブループラネット賞」受賞者の一人に今年、ブータン王国のジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代国王陛下が選ばれた。その授賞理由は、以下のように述べられている。

 「ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下は、人びとの幸福を開発活動や計画の中心におく国民総幸福量(Gross National Happiness:以下GNH)という開発哲学を提起した先見の明をもつ指導者である。GNHは、環境を保全すること、持続可能で公正な開発を行うこと、総合的な幸福に役立つ文化を振興し、社会的価値を高めることに意義を与える。幸福度を社会的指標として利用することは国連が採用しており、OECD(経済協力開発機構)も報告書に使うなど、新しい枠組みのための着想を現代社会に対し与えた」

 第3代国王の急逝で16歳という若さで国王となり、国をどのように治めていけばよいのか大いに悩まれた。そこで、国内各地を訪れては人びととの対話を重ねて目指すべき国の姿を模索し続けたという。その結果として到達したのが、国民が望むものは突きつめれば「幸せ」だとの答えだったのである。

 国王は国家計画委員会の議長に就任し、経済計画の策定に取り組むことになったものの、当時は基本的な統計も全くない状況だった。そこで経済成長率にこだわらず、ブータンの豊かな自然や、伝統的な宗教や文化、そして麗しい人と人との結びつきを生かし、ブータン国民の満足度、さらには幸福感を維持・向上させることが最も大切なことであるとの趣旨の哲学として、GNHの概念が出てきたのである。

 ブータンではその後、GNHを単なるスローガンにとどめることなく、実現するために政治や行政の仕組みを変革し、制度化していった。

 ワンチュク陛下はまず、自らが国王を務める旧来の体制そのものの変革を断行した。絶対君主制を廃して立憲君主制へと移行、国王はあくまで“象徴”とした。そのうえで新たな憲法を制定し、国民によって選ばれる政府へと体制そのものを大転換。2008年に制定された同国の憲法9条には「政府の役割は、GNHを追求できるような諸条件の整備にある」と明記されている。

 06年12月に王位を引き継いだ現在のジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク第5代国王は、GNHを国の発展政策の根本理念として堅持している。ブータンでは今日、GNHが国の根幹をなす哲学、経済理論、そして政策目的・手段として機能している。GNHは、環境・経済・社会の目標を統合し、政策評価・政策統合のための実践的ツールとして発展し、生かされているのだ。

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ブータン王国のティンプーの大仏(写真上)と、プナカのゾン(県庁兼寺院)=いずれも筆者撮影

 

 GNHは従来のGDP(国内総生産)や人間開発指数などの指標を否定するものではなく、それぞれの特徴と役割を十分認識し、補完的な関係においている。ティンレイ前首相がその演説で述べているように、「ブータンはこれまでのところ、近代性と伝統、物質と精神、そして『あくまでも用心深い』成長と持続可能性のバランスをとってきた」のである。

 気候変動の分野で特筆すべきは、経済活動などで国民が排出するCO₂量より、自然が吸収するCO₂量の方が多い状態の「カーボンネガティブ」を達成し、それを維持することを国際社会に宣言していることだ。

 世界各国がCO₂などを排出しない「ゼロ・エミッション」に向けて努力するなか、ブータンはすでに「ネガティブ・エミッション」を実現している。これは豊かな森林と、高低差の大きい地形と豊富な水を活用した水力発電のおかげだ。豊富な水力発電によって、国内の電力需要を賄うだけでなく、インドへもクリーンな電力を輸出して隣国のCO₂削減を手助けしている。

 しかし、ブータンにあっても、その経済や環境の持続性の確保において多くの課題に直面している。気候変動によって氷河湖が決壊して洪水が起こるなどの、新たな脅威も現実化している。さらに、グローバリゼーションとIT化など情報技術の進展で、現代世界の“消費主義文明”は容赦なくブータンにも流入し、国民の伝統的価値観に変化が生じていることは否定できない。

 厳しい自然環境や、中国とインドの両大国に隣接するという地政学的な状況の下で、GNHをよりどころとして、国民の厚生と幸福を中心に据えて、人間開発と国の発展を模索するブータンの今後は、持続可能な発展のあり方を考える意味でたいへん興味深い。そしてまた、状況が大きく異なる先進工業国である我が国にとっても、その開発哲学と実践は示唆に富むものである。

【注・参考文献】

ジグミ・ティンレイ(2011) 「国民幸福度(GNH)による新しい世界へ」p23 芙蓉書房出版

 (京都大学名誉教授・日本GNH学会会長・公益財団法人 地球環境戦略研究機関〈IGES〉シニアフェロー 松下和夫)

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