時評

地球を世界遺産に

 先日、インターネットを検索していたら次のような記事が出てきた。

 「世界遺産の登録について審議する国連教育文化機関(ユネスコ)は24日、『地球』を名誉世界遺産として登録し、今後は個別の登録申請を受け付けないと発表した…(中略)…世界遺産には『文化遺産』『自然遺産』  『複合遺産』の3種類があるが、地球は『生命というかけがえのない存在を生み出したこと』を理由に、いずれにも属さない『名誉世界遺産』として登録される」(https://kyoko-np.net/2017102501.html

 念のためにこの記事の出典を確かめてみると、「虚構新聞」となっていた。残念ながら“フェイクニュース”のようだ。

 だが、「地球を世界遺産に」とのスローガンは一考に値する。九州大学の田中俊徳准教授は、その近著『自然保護と平和構築』で、21世紀の目標として「地球を世界遺産にする」ことを提唱している。

%e8%87%aa%e7%84%b6%e4%bf%9d%e8%ad%b7%e3%81%a8%e5%b9%b3%e5%92%8c%e6%a7%8b%e7%af%89そもそも世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれ、そして私たちが未来の世代に引き継いでいくべきかけがえのない宝物のことである(https://www.unesco.or.jp/activities/isan/about―worldheritage/日本ユネスコ協会連盟)。

 そして、世界遺産条約は、私たち一人ひとりが守り伝えていくべき“人類共通の遺産”を、保護・保全していくための国際的な協力体制を築く国際条約として、1972年にユネスコ総会で採択されたものだ。翻って考えると、豊かな命の宿る「地球」そのものが未来の世代に引き継いでいくべきかけがえのない宝物ではないか。私たちはその地球をあまりにもおろそかに扱っているのではないか。

 世界遺産のカテゴリーとして、「危機遺産」(危機にさらされている世界遺産)がある。

 武力紛争、自然災害、大規模工事、都市開発、観光開発、商業的密猟などにより、その顕著な普遍的価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産は、「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に登録される。危機遺産リストに登録された場合は、国際的な協力を仰ぎ、ワールド・ヘリテジ・ファンド(世界遺産基金)への財政的支援を申請することができる。

 危機遺産のリストを見てみると、シリア・アラブ共和国の古都アレッポ、ダマスクス、パルミラの遺跡、コンゴ民主共和国のサロンガ国立公園、オカピ野生生物保護区など、戦争や内戦が原因で危機に陥っているものが多い。まさに戦争が最大の環境破壊であり、自然遺産や文化遺産の破壊の要因である。

 このかけがえのない地球上では、人類が気候危機の進行に手をこまねき、気候災害が頻発している。また、ロシアのウクライナ侵攻による戦争が長引き、日々多くの人命と自然が失われている。この現状をみると、もはや地球自体が危機遺産になっていると思われる。

 戦争が長引くことにより利益を得ているのは誰か。米国などを中心とした軍需産業であり、世界の石油産業であり、産油国である。化石燃料を巡る戦争の連鎖を断ち切るためには、化石燃料依存をできる限り速やかに終わらせることだ。それが脱炭素による持続可能な社会へ到達する正道である。

 ユネスコ憲章の前文では「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と宣言されている。人の心に平和のとりでを築くことに加え、省エネの徹底、再エネの拡大など具体的な行動を着実に加速させることの重要性も強調しておきたい。

 (京都大学名誉教授・公益財団法人 地球環境戦略研究機関〈IGES〉シニアフェロー 松下和夫)

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