時評

「EUタクソノミー」が意味するもの

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水素製造研究拠点「福島水素エネルギー研究フィールド」=2021年3月、福島県浪江町(朝日新聞社)

 

 「タクソノミー」とは、元々は生物学の分野で使われた「分類」という意味の英語である。「EUタクソノミー」は、欧州連合(EU)が定めた環境に配慮した経済活動を認定する基準を指す。

 企業の経済活動が地球環境にとって持続可能であるかどうかを判定し、グリーンな投資を促す仕組みである。その狙いは、企業や投資家にタクソノミーに適合する事業や投資割合の開示を求めることを通じて、投資がグリーンな事業に向かいやすくするところにある。

 EUタクソノミー規則(EU規則2020/852)は、2020年4月の理事会、6月の欧州議会でそれぞれ採択され、7月に発効している。EUタクソノミーには六つの環境目標(気候変動の緩和、適応、水と海洋資源、循環経済、汚染防止、生物多様性)と四つの「持続可能な経済活動」の判定基準(六つの環境目標のうち一つ以上に対する実質的な貢献、他の環境目標に対して重大な損害を与えないこと、社会やガバナンスに関する国際基準を満たすこと、欧州委員会が指定する技術水準を満たすこと)が含まれている。

 EUタクソノミー自体はEU域内を対象とするものなので、現状では日本企業への影響は限定的である。なぜ今、EUタクソノミーが注目されるのだろうか。

 現在、EUタクソノミーの適用対象・開示義務範囲の拡大が検討されている。さらにはEU基準の国際的波及が予想され、いずれグローバルスタンダードになっていく可能性がある。日本企業も、EUタクソノミー基準を踏まえて事業の「環境的持続可能性」を確認し、脱炭素戦略や情報開示に備えることが重要である。

 欧州委員会が22年2月2日、原子力および天然ガスによる発電などの経済活動をEUタクソノミーに含める内容の補完的委任法令を採択したことが波紋を呼んでいる。オーストリアなどは反対を表明しているが、今後、欧州議会と理事会の審議で否決されない限り23年1月から適用が開始されることになり、その動向が注目される。

 ただし、50年の気候中立の目標を堅持し、最終的には再生可能エネルギーへの転換を目指す、としたEUの方針は変わらない。あくまでもその移行過程で、厳格な条件を付けた上で原子力と天然ガスを活用するという趣旨であることに留意する必要がある。エネルギー政策は依然として各国の専権事項で、電源構成は各加盟国の裁量で決められる。

 一方、水素に関する規則も注目される。水素は、その造り方で大きく三つに分けられる。水を再生可能エネルギーで電気分解して造り出す水素を「グリーン水素」と呼び、化石燃料を使った製造時に生じるCO₂を地下に貯留するなどして減らしたものは「ブルー水素」、CO₂貯留などをしないものは「グレー水素」と呼ばれる。再エネ導入が進む欧米ではグリーン水素が主流だが、再エネ導入が遅れている日本では、当面ブルー水素に頼らざるを得ないのが現状だ。

 欧州委員会は22年1月、EUタクソノミーで、化石燃料の採掘から水素の製造、消費までに発生するCO₂を7割超減らした水素をクリーンとみなす規則を施行した。これはブルー水素がグリーン水素と同等の脱炭素化(すなわち、CO₂の70%削減)を達成することを条件に、少なくとも30年までブルー水素の使用を促進することを意図している。今後、基準に満たない水素はEUではクリーンとは認められにくくなる。

 ブルー水素製造に関し、CO₂をどれだけ減らせばクリーンとみなせるか、包括的な国際標準はまだない。EUなどは世界に先駆けて基準を明示することで、国際標準づくりで先行し、CO₂を減らす技術に投資を呼び込む環境づくりや技術開発にもつなげることを見込んでいる。グリーン水素のコスト削減を進める一方、ブルー水素の基準を厳しくすることで、低炭素化の技術開発の推進を見込む。水素に関するEUタクソノミーの動向についても注視する必要がある。

 (京都大学名誉教授・公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー 松下和夫)

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