時評

海外の日本庭園修復 期待されるNbSの心と技の情報発信

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桂離宮の書院群。洪水時の床下浸水を想定して高床式となっている=2004年11月、森本幸裕撮影

 

 日本庭園は日本を代表する芸術であり、現代に息づく伝統文化でもある。だからこそ、造形美にとどまらず、地球環境危機の現代に再評価すべき、災害大国・日本で培われた心と技が詰まっている。2017年から5年間にわたって展開されてきた「海外日本庭園再生プロジェクト」の総括として庭園界の重鎮を集め、「グローバル時代の『日本庭園』を考えるシンポジウム」が3月に世界4元中継で開催され、新たな意義に気づいた。

 桂離宮とその庭園の美は、ドイツ人の建築家ブルーノ・タウトによって「再発見」されたといわれる。「泣きたくなるほど美しい」とまで評し、簡素で実用的でありながら、美しく高貴さをたたえ、その美の原理は決して歴史的、日本的にとどまるものではなく、完全で、超時間的で、現代的、と記している。

 こうした日本庭園に魅せられた外国人が母国で「日本庭園」をつくりたいと考えても不思議はない。日本造園学会などが調べたところ、海外の日本庭園は現在500を超える。それらは日本の国際的なプレゼンスを高め、インバウンド(外国人の訪日旅行)の促進にも大きく貢献してきたはずだ。だが、たとえ日本の作庭家がつくったものであっても、その後の手入れなくして“質”は維持できない。なかには年月を経て、適切な維持管理ができなくなっているものも数多いという。そこで修復のモデルとなる事業を実施し、マニュアル整備などを通して、海外における日本庭園の修復要望に応えようと、行政や造園技術者たちが、現地の担い手とともに取り組んだのである。

 17世紀初頭から中頃にかけ、桂川のほとりに八条宮智仁(としひと)親王、智忠(としただ)親王の2代にわたって造営された別荘、桂離宮とその池泉回遊式庭園のすごさは見かけの美にとどまらない。洪水常襲地帯にあって、日常的には桂川の水の恵みを得つつ、洪水時にはその被害を柳に風と受け流す、知恵と工夫に満ちている。

 まず、洪水で形成される、自然堤防と湿地の地形に手を加えた敷地に配置された書院群や茶室の床面が洪水を想定している。昭和の大修理の時に高床式の書院群の柱の床下部には、浸水の跡が十数本確認されていて、古文書の大雨洪水記録と合致する。さらに桂川の堤の竹林は現代的にいえば洪水防備林。創建当初には現在のハチクの桂垣はなかったようだが、竹林は洪水の勢いをそぎ、流木などの侵入を防ぐ。つまり、平常時には川の恵みで舟遊びや水面に映る月を楽しみながら、洪水の非常時には、その被害を床下浸水にとどめる減災デザインだ。創建以来約400年、ほぼその姿をとどめていることで、この意図が成功していることがわかる。

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桂離宮庭園の桂川沿いハチク林と桂垣。洪水防備林の役割を果たす=2004年11月、森本幸裕撮影

 

 向月台と銀沙灘(ぎんしゃだん)のユニークな庭園造形で著名な銀閣寺庭園。これは崩れやすい花崗岩(かこうがん)の裏山から流れてきて池にたまる砂を浚渫(しゅんせつ)した残土処分法でもある。結果として雨水の浸透と貯留の役割も果たしている。さらに筆者らは、枯山水庭園の大雨時の顕著な雨水一時貯留浸透機能を相国寺裏方丈庭園などで確かめている。

 蹲踞(つくばい)や灯籠という要素だけでなく、こうした日本庭園の心と技こそ、地球環境危機の時代に希求されるNbS(自然に根ざした社会課題の解決策)として海外に発信できればと思う。

 (京都大学名誉教授・森本幸裕)

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