時評

TNFD 金融から始まる生物多様性の主流化

 さまざまな社会経済活動に生物多様性配慮を組み込む「主流化」の進む気配が、金融の世界から見えてきたようだ。企業活動の自然資本に関するリスクと機会を開示することで、従来の財務情報だけでなく、環境・社会・ガバナンスの要素も考慮した「ESG投資」につなげようとする「TNFD(自然資本に関わるリスク情報を開示する枠組みの開発と提供を目指す国際的なタスクフォース)」が動き始めている。

 ブラジルの環境首都とも言われるクリチバで2006年に生物多様性条約第8回締約国会議(COP8)が開催されて、「都市」とともに「民間参画」の役割が期待されるようになって十数年が経過。脱炭素の国際的な流れのなかで、一足先に2017年に提言がまとまった「TCFD(企業の「気候変動」への取り組みや影響などの財務情報を開示するためのタスクフォース)」に続いて、「自然資本」が俎上(そじょう)にあがったわけだ。

 生物多様性の損失を止めるという、生物多様性条約の2010―2020年愛知目標は達成できなかった。それはなぜか。目標の第1は、「生物多様性の主流化」。経団連が17年にまとめた傘下の企業に対する調査によると、「生物多様性の意味を知っている」と答えた割合は経営層で94%、従業員では55%となり、経営層に認知はされている。だが、主流化の阻害要因としては「目標・指標の設定、定量化・経済的評価が困難」との回答が最多(62%)。「配慮や活動が事業の利益に結びつきにくい」という回答(51%)が続く。つまり、生物多様性は企業活動目標に落とし込みにくくて、インセンティブにも欠けるというわけだ。

 だが、気候変動に伴う災害激甚化や新型コロナウイルスの感染拡大は、人、動物、環境の健康を一体のものと捉える「ワンヘルス」のアプローチや、企業活動の基盤としての生態系と生物多様性という「自然資本」への投資の重要性を皆に悟らせてくれたのだろうか。

 19年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で着想されたTNFDが、正式に立ち上がったのは21年6月。その直後には、英国での主要7カ国首脳会議(G7サミット)において「2030年自然協約」が採択された。生物多様性の損失が進む流れを“反転”させ、「ネイチャー・ポジティブ」にすることを宣言する画期的なものだ。自然資源の利用を持続可能なものへと移行し、自然資本への投資が重要だとしている。

 TNFDの共同議長は生物多様性条約事務局長と、ロンドン証券取引所データ分析専門家。タスクフォースのメンバーは世界の金融機関、企業などから選出されていて(22年2月20日時点で16カ国34人)、評価枠組み案がまもなく提示されるという。

 大手損保会社が07年以来継続してきた、生物多様性の民間参画を推進するシンポジウムが今年も、2月7日に開催された。金融庁からの登壇者やこのタスクフォース・メンバーも交えて、生物多様性の損失が経済・金融にどう関係するのか、生物多様性条約次期世界目標やTNFDの最新動向が話し合われた。

 企業が自然に関連したリスク情報を開示することで、自然に負の影響を与える資金の流れがネイチャー・ポジティブの方向に転換されることを祈りたい。

 

■TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures

自然資本関連財務情報開示の枠組を検討する場。日本からは原口真氏(MS&ADインシュアランスグループ)が選出された。

■TNFDフォーラム

ステークホルダーとしてタスクフォースをサポートし、クロスセクターの専門知識を提供する250以上の企業・機関・団体などが参加。日本からは金融庁、環境省のほか、民間企業と団体(2月20日現在9団体)が参加。

 

  (京都大学名誉教授 森本幸裕)

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