「海の森」マングローブを自宅に 気温、湿度、水…こだわった25歳
- 2023/05/15
- 朝日新聞
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海の森とも呼ばれるマングローブ。まるで南国のような景色が、都内の一軒家につくられた温室内で再現されている。
東京都東大和市に住む建設業の五十嵐琢人さん(25)は、水生生物や植物を育てる空間をつくる「アクアリスト」だ。2月に都内であった全国約60人のアクアリストが競ったコンテストで、自宅で栽培する小さなマングローブ林が最優秀賞に選ばれた。
評価されたのは、寒さや乾燥に弱いマングローブを都市で育てた点だ。
二酸化炭素の吸収量が比較的多いマングローブは、「ブルーカーボン」と呼ばれる地球温暖化対策に効果的な海の生態系として期待されている。五十嵐さんの栽培方法は、マングローブを南国以外で育てるヒントになるとされた。
五十嵐さんのマングローブ林は、自宅横の縦約2・9メートル、横約1・4メートルの温室内の水場にある。オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ニッパヤシの5種類のマングローブが育ち、大きいものでは2メートルを超える。
水深は約30センチ。海水魚を育てるために使う市販の人工海水を張った。タイマーで6時間ごとにバルブが自動開閉し、水が別の水槽に移動。干潮と満潮を再現できる。
さらに温室内の湿度計が一定の湿度を下回ったことを検知すれば、自動で霧が出る。エアコンもかけて温度を調整しており、光熱費は月5万円かかることもある。仕事で得た知識をふんだんに使った。
なぜそこまでするのか。
五十嵐さんは小さなころから生き物が好きだった。東大和市で生まれ育ち、小学校でのあだ名は「虫博士」。図鑑をめくったり、近くの池や公園で虫や魚をつかまえたりして過ごした。
飼っていたメダカの水槽内の水草がきっかけで、水生植物にも興味を持つようになった。中学1年の時に訪れた熱帯魚店の水槽で、様々な種類の水草が茂っているのを見た。魚以上にひかれるものがあり、自分でも水槽でアマモなどを育てるようになった。
「生き物のために環境を再現してあげたい、という思いが強い」と話す五十嵐さん。生き物への愛情が徹底的に取り組む姿勢の原点という。「普通とは違う環境なほどやりがいがある。難しいほうが燃えてくる」
最難関とも言えるマングローブに挑戦したのは、中学時代に家族で行った石垣島での経験。「素直に格好良い。家に置きたい」とマングローブにほれた。20歳を超えてから、初めは水槽で種から育て始めたが、根を張らせるための砂量が足りない。湿度管理のために毎日霧吹きをかけ、ライトで光をあてる手間もかかった。
「今のままでは限界がある」と感じていた3年前、親と住む自宅の引っ越しが決まり、その機会に温室をつくることにした。35万円程度かけて材料を集め、自分でつくっていった。そこにマングローブを移し、今ではバナナやマンゴー、フィンガーライムなど南国の植物も育てている。
次の挑戦は、マングローブ栽培をもっと簡単にすることだ。自らが実践した内容を栽培マニュアルにして共有したいと思っている。ビルのボイラーなど熱源をうまく利用することで、栽培環境をつくることが可能と見込む。「趣味でやってきた程度でもここまでできた。きっと広げることができる」